「翔の奴・・・、留守電に何か吹き込んでいるんだろう?」
「あぁ・・・」
万丈目は自嘲するように口元を歪めた。
オレがGXにいた頃には浮かべなかった表情。
「・・・本当は、十代に隠しておきたかったんだ」
吐き捨てるように万丈目が呟いた。
何を万丈目はオレに隠していると言うんだ。
万丈目は、言いにくそうに口を開いては閉じる。
何度かそれを繰り返して、オレの目を見た。
「カイザーが、・・・行方不明になった」
「え?」
万丈目の言葉が上手く理解出来なかった。
何て万丈目は言った・・・。
カイザーがいなくなった、だと・・・?
「一週間前に病院からカイザーが消えたって連絡が来ていたんだ」
言いにくそうに目を伏せたまま、万丈目はポツリポツリと告白を始めた。
・・・一週間前と言ったら、万丈目が初めてオレの家に来た日だ。
そんな前から、万丈目はカイザーが行方不明だと知っていたのに・・・オレには黙っていた。
「本当は、カイザー・・・退院なんてしていなかった・・・」
申し訳なさそうな表情で万丈目はオレを見てくる。
・・・一週間前、万丈目は言ってたじゃないか・・・。
カイザーは元気だって・・・右腕が使えなくても隊員たちの指導はしていくって・・・そう、言ってたのに・・・。
オレはそれを糧として少しずつ、あの”事件”の呪縛から解かれようとしていた。
でも、それは全て・・・
「嘘・・・だったのか?」
声が震えた。
指先から熱が引いていく。
今のは冗談だって、言って欲しい。
そう願い、万丈目を見た。
「お前を元気付けたかったんだ・・・」
最悪な嘘。
目の前が白くぼやけていく。
背後の壁に寄り掛かるようにして、オレは体を支えた。
目の前にいる万丈目を睨む。
「カイザーが元気だって言えば、お前が安心すると思って・・・。余計な心配はさせたくなかった・・・」
余計・・・?
カイザーが行方不明になった事が、余計だと・・・そう、万丈目は言うのか・・・。
「そんな顔・・・、させたくなかったんだ」
辛そうな万丈目の表情が酷く歪んで見えた。
オレは頭を振る。
何もかも信じられない。
何を信用すればいいんだ。
どうすれば・・・いいんだ。
「泣くな・・・。十代」
泣く・・・?
誰が・・・?
万丈目がオレの頬に触ってくる。
濡れた感触が伝わってきた。
「俺が・・・、あの”電話”の事を話した」
万丈目は言いよどみながらも真実を伝えようとしてくる。
事件の後に掛かってきた電話。
その話をした後、カイザーは姿を消した、と。
「十代の部屋に最初に来た前日、オレはカイザーの見舞いに行ったんだ」
「それで・・・」
「電話について・・・、あと・・・お前の事も話した」
万丈目は申し訳なさそうにオレを見た。
「お前の話をした時、カイザー、怒っていたが・・・仕方ないなって笑っていた。・・・だが、電話の話をした時に顔が変わった」
”電話”
そのキーワードを言う度に、万丈目は辛そうに眉間に皺を寄せながらも笑顔を浮かべてくる。
何でもない事のように万丈目は振舞う。
「あの”電話”の事・・・。何か・・・カイザー、思い当たる事が・・・」
万丈目は頷いた。
カイザーは、”電話”について何か知っていた。
それは確かなようだ。
「ある・・・みたいだ。カイザー、その直後に病院を抜け出したみたいだから」
万丈目は伏し目がちに言葉を紡いだ。
何故、万丈目はオレにカイザーの失踪を隠していた?
何で・・・。
カイザーが、何か知っている。
それなら・・・、探し出さないと・・・。
「カイザーを・・・見つけなきゃ・・・」
ぐらつく体を、どうにか気力だけで支える。
万丈目を押しのけて、オレは玄関に向かおうとした。
「・・・十代?」
「見つけて・・・、聞かないと・・・」
自分の意識がどこにあるのかさえ分からない奇妙な感覚。
ただ、一つだけ。
一つだけ頭に浮かぶのは、カイザー・・・。
カイザーが何か知っている。
それなら、教えて欲しい。
ゆっくりと足を踏み出す。
一歩一歩が不確かで、スポンジの上を歩いている浮遊感。
「十代!どこに行く!?」
万丈目が驚いたように、オレの腕を掴む。
「カイザーを探す。・・・一週間も行方が分からないんだろ?”電話”の事を聞かないと・・・」
「貴様は、ここで待っていろ!お前が動いても何も事態は変わらない。・・・カイザーはGXが探し出す」
万丈目に掴まれた腕が痛い。
強い力が、オレを阻む。
オレを行かせないと引き止める。
「オレは・・・お前を信じてない」
万丈目はオレの言葉に一瞬複雑な表情を浮かべた。
「それでもいいから・・・、待ってろ」
「信じられない・・・。オレは・・・、何も信じない」
オレは全てを否定する。
誰も信じない、と。
「何故だ!どうしてカイザーの事でお前はおかしくなるんだ!俺だって・・・!」
「ん・・・ッ」
掴まれていた腕を強く引かれ、背中越しに抱き締められた。
万丈目の熱が背中に伝わる。
突然の万丈目の行動に全ての思考が止まった。
「俺・・・ではダメなのか?カイザーでなければダメなのか?」
カイザーが良くて・・・万丈目がダメ・・・?
万丈目の言葉が理解出来ない。
何を言っているんだ。
「十代・・・ッ」
オレを抱き締める万丈目の腕が徐々に力を込めていく。
「俺は放さないぞ。お前を逃がさない・・・!」
痛い位に抱き締められる。
その腕が恐ろしく感じ、オレは万丈目の腕から逃れようとした。
「はなせ・・・」
「断る」
「放せ!」
万丈目が何を考えているのか分からない。
オレに、何を求めているのか・・・分からない。
理解が出来なかった。
「お前が、どうしてもカイザーを探しに行くって言うのなら、俺はどんな事をしても止めてやる」
耳元で囁かれる万丈目の低い声。
背中を冷たい汗が伝う。
オレを抱き締めているのは誰だ。
万丈目じゃないのか?
「こっちに来い」
ようやく万丈目の腕から解放された。
万丈目はオレの腕を掴んで、寝室へと行く。
オレに見えるのは万丈目の背中だけだった。
表情は見えない。
何とも言い難い恐怖がオレの心を占める。
「万丈目・・・?」
おそるおそる呼び掛けても万丈目は答えてくれない。
強く引いてくる万丈目の手。
オレの腕に食い込んだ指が、万丈目の気持ちを物語っているのか・・・。
掴まれた腕に痺れるような痛みが襲ってきた。